Miyan(みやん)2012年vol.4 ルックル page 35/44
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鹿児島県霧島市国分中央四丁目18-2電 話 0995-45-0177FAX 0995-45-3243I W A K I R I B I K O U D O三代目 登六を襲名 私は戦後、物の少ない時代に岩切家の次男として生まれました。現在は、学・専務(三男)と共....
鹿児島県霧島市国分中央四丁目18-2電 話 0995-45-0177FAX 0995-45-3243I W A K I R I B I K O U D O三代目 登六を襲名 私は戦後、物の少ない時代に岩切家の次男として生まれました。現在は、学・専務(三男)と共に9名で従事致しております。 美術デザイン専門学校(東京)を卒業後すぐに、父(二代目 登六)に師事し、庶民の中で親しまれている素朴な薩摩錫器を世界に通用する普遍的な美術工芸品として高めるという大きな信念の下、修行を始めました。 私共の世界では「茶壺を作れたら一人前」と認められる時代で、それまでには幾多の厳しい修行を積まなければなりません。原料となる錫のインゴッドを溶解する技、融点温度による色の変化など、基本的な事は完璧に厳しく教えられました。勿論、ロクロ加工や絵付、デザイン、特殊加工に至るまで、厳しいものです。 何とか一人前と言われるようになり、次のステップへと野望を抱いていた時でした。 1967年、父がこの世を去った。心に穴が開き愕然としたが、悲しむ間もなく鹿児島の老舗デパート様より茶壺の大量注文が入った。到底、人手が足りない!!当時、まだ大学を卒業したばかりの専務を呼び戻し、昼夜を問わず必死の想いで茶壺作りに没頭し、漸く納品できたこ企業沿革300有余年の歴史がある薩摩島津藩ゆかりの錫細工。薩摩で錫器製造が行われるようになったのは1655年に錫鉱山が発見されたことに始まります。岩切美巧堂では、永年意匠図案に改良を加え、手作りの高級工芸品として記念品や贈答品を製作。遠く海外にまで賞美愛用いただいております。製品は屠蘇器、茶筒、茶壷、茶托、酒器、花瓶類、銚子、盃、洋盃、洋酒セット等、各種別製注文品も製作しております。各賞受賞や万国博覧会出品、そして天皇陛下献上品として認められた作品も数多い。創業95年の足跡1933年(昭和 8年) シカゴ万国博覧会出品1935年(昭和10年) 梨本宮殿下献上1962年(昭和37年) 皇太子両殿下献上1970年(昭和45年) 日本万国博覧会出品1973年(昭和48年) 三笠宮寛仁親王殿下献上1984年(昭和59年) 全国植樹祭天覧品出品1984年(昭和59年) 天皇陛下献上1993年(平成 5年) 匠のパリ展出品1997年(平成 9年) 鹿児島県伝統的工芸品指定2008年(平成10年) 伝統的工芸品産業功労者褒賞2010年(平成12年) 霧島市民表彰2011年(平成13年) 鹿児島県優秀技能者知事表彰とに安堵したのを記憶しています。 一人前と言われる職人でさえ、手はタコやマメで覆われ、潰れた下からさらに新しいマメができるような多忙な日々を送ったものです。錫に命を吹き込め 美しいものを作る為に、重労働が強いられる。疲労と共に挫折しそうな状況に何度もなりました。技を伝える教本もなく、見て盗め!!という時代。作業だけでなく、理想とする形や色彩など、新しいものへの研究余地が閉ざされそうな感覚に見舞われ、朦朧とした意識の中に父の言葉が浮かんできたのです。「挫折した時こそ、錫に命を吹き込め」と言う教えです。これ以上!!何を…と反発しようにも、その父はいない。 意のままに自在に操るというこの傲慢とも思える考え方が、そもそもの雑念であることに気づかされた。 錫と対峙するには、全身全霊を傾注する。まるで禅僧が修行するかのように。力まず、常に平常心を鍛え、五感を研ぎ澄まし、無心で向き合うことだと悟らざるを得なかったのです。用と美 工芸の世界では、「用と美」を昇華させることが大切とされ、現代ではPL法が施行され「強」も加わりました。さらに、視覚的な「色・形・彩」も加え、全てに於いてバランスの取れたものこそが優れた作品として世間に認められる時代です。 伝統工芸の概念は諸説あろうかと思います。有名な彫刻家ロダンは「伝統は形骸を守るにあらず、その精神を継承することである」とあります。常に様々な研鑽を重ねて、新たなる極みを求め続けること。その精神とは「薩摩錫器= 命」として取り組むことこそが肝要と精進して参ります。少し、理屈っぽくなりましたね。皆様のお仕事もそれぞれ厳しい事が多いと思いますが、人の成すことは皆一緒です。己に負けず臆せず「きばいやんせよ?」 鹿児島の三大至宝と称され、三百有余年の歴史を誇る薩摩錫器。島津光久が金・錫鉱山の財源を投じて天降川の治水工事を行い、現在も発展を遂げる国分・隼人平野。その中心部に、薩摩錫器工芸館と工房を構える「岩切美巧堂」代表取締役社長の岩切忍さんに、この度お話を伺いました。三代目岩 切 忍 (1932年 生)もう ろうごう まんあん どつぶがく ぜんようや薩摩錫器製造元有限会社 岩切美巧堂35 プレゼントが当たるよ! 詳しくはP41